諸堂案内

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  • 本堂

    本堂

    仁和二年開創当時の本堂には、松風村雨物語で有名な在原行平が参籠して、勅勘を許されたと伝えられますが、その後、火災、洪水、地震などの災害によりたびたび建て直されました。
    現在の本堂は慶長七年(一六〇二)豊臣秀頼が再建したもので、建築奉行は片桐且元でした。但し内陣の宮殿は応安元年(1368)の建造になるもので、重要文化財です。本尊聖観世音菩薩、脇侍毘沙門天、不動明王が祀られています。昭和47年、文化庁の指導で全面解体修理が行われ、六百年前の姿に復原されました。
    この後、阪神淡路大震災の被災を乗り越え、平成17年にも復元のための修理が行われ現在の姿になっています。

  • 護摩堂

    護摩堂

    明治36年に再建されたものです。
    平成24年(2012)改修

  • 大師堂

    大師堂

    宗祖弘法大師ならびに真言八祖を祀っています。毎月二十日、二十一日に「須磨のお大師さん」として縁日があり、十数万の信者の参詣があります。
    大正時代の一時期、この堂には孤独奇矯の自由律の俳人尾崎放哉が堂守りとして住み込んでいました。彼はここで多くの句作を残しましたが、特に「こんなよい月をひとりで見て寝る」の句は最傑作として、今、本堂前の句碑に刻まれています。平成19年修復。

    大師堂
    堂内(弘法大師像)

  • 寺務所・納経所

    寺務所・納経所

    平成11年春に大改装され、広間には須磨寺「からくり時計」が飾られています。

  • 本坊・書院

    本坊・書院

    本堂と共に須磨寺一山の中心で真言宗須磨寺派の宗務所ともなっており、書院は阿弥陀如来を本尊とする持仏堂でもあります。本坊は一絃須磨琴の保存会本部、稽古場にもなっており、その他、各種法要などが営まれています。庭前には、滝の流れる庭、芭蕉句碑、真鍋豊平の歌碑などがあります。

  • 源平の庭

    源平の庭

    今から八百年前の平敦盛・熊谷直実の一騎討ちの場面を再現した庭です。
    寿永3年(1184AD)一ノ谷合戦の際、源氏の荒武者熊谷直実は、海上に馬を乗り入れ沖へ逃がれようとする無官大夫平敦盛を呼び返して、須磨の浜辺に組み討ちその首をはねた。
    平家物語が伝える最も美しく最も哀しい有名な史話である。
    敦盛は時に年16笛の名手であったその遺愛の青葉ノ笛は今も当寺に伝えられている。

    平敦盛
    平敦盛(たいらのあつもり)像

    熊谷直実
    熊谷直実(くまがいなおざね)像

  • 宝物館

    宝物館

    青葉の笛などの平敦盛公と源平ゆかりの宝物や須磨寺の歴史的宝物が展示されています。

  • 仁王門・龍華橋

    仁王門・龍華橋におうもん・りゅうげばし

    仁王門は、源三位頼政の再建、仁王力士は運慶及び湛慶の作と伝えられています。

    仁王力士(阿形像)
    仁王力士(阿形像)

    仁王力士(吽形像)
    仁王力士(吽形像)

    龍華橋
    仁王門へと続く龍華橋

  • 三重塔

    三重塔

    弘法大師千百五十年御遠忌、当山開創千百年、平敦盛卿八百年遠忌を記念して昭和五十九年に再建されました。(旧塔は四百年前の文禄大地震の際に倒壊。)
    室町時代様式を基調とし、内部には大日如来を祀っています。内陣の天井と壁面に多数の摶仏を配し、四方扉の内面に八祖像と六ヶ国語による般若心経を刻銘したことや、塔上の水煙に釈迦誕生像を配したことなどがこの塔の特徴となっております。塔敷地の周囲には四国八十八カ所お砂踏み霊場があり、各札所の砂をガラス越しに踏んでお詣りが出来ます。
    平成26年(2014)塗り替え

  • 奥の院

    奥の院おくのいん

    宗祖弘法大師が祀られています。
    毎週日曜日、午前11時よりお勤めをしておりますので、どうぞお参り下さい。

    奥の院参道沿いにある十三佛・七福神巡りは亡き人の追善供養、お子さまや家族縁者の無事と成長、そして自身の現在と後生の安心(あんじん)を願うお参りです。

    奥の院参道
    奥の院参道

    奥の院十三佛・七福神巡り
    奥の院十三佛・七福神巡り

  • 敦盛塚(首塚)

    敦盛塚あつもりづか(首塚)

    この首塚(五輪塔)は、寿永三年(1184)年二月七日に起きた一の谷の戦いで、熊谷直実に討たれ戦死した平敦盛の菩堤を弔う為に建立されたものです。因みに、須磨浦公園にある『敦盛塚』には胴体が祀られています。

  • 青葉殿

    青葉殿しょうようでん

    当須磨寺では、老朽化した納骨堂の再建を進めてまいりましたが、平成16年春、緑に囲まれた歴史ある須磨寺にふさわしい青葉殿・納骨堂が完成いたしました。この青葉殿・納骨堂は、従来の納骨壇を新たにするとともに、昨今の墓地事情を考慮した永代使用の納骨壇を1000基安置しています。また、法事・葬儀等にご利用いただける部屋もございます。

  • 正覚院

    正覚院しょうかくいん

    現存する塔頭寺院の一つで、大正十四年失火により焼失し、昭和十三年に現在地に再建された。本尊は愛染明王で、大日如来を本地とし、衆生済度のため三目六臂の身を現じ、知恵の弓、方便の矢を御手に執持し、貧窮・飢渇・疾病・災難等の苦厄を払い、幸運をひらき、無量の福徳、愛敬を授けるという。霊験あらたかなこの明王信仰の効力により、商売を業となす人や芸を以って世に立つ人、また愛敬を肝要とする婦人の参詣が絶えない。尚、仁王門前の放生池のほとりには、山本周五郎の処女作「須磨寺付近」の文学碑や、中国の石仏(楊柳観音)が安置されている。

  • 桜寿院

    桜寿院おうじゅいん

    塔頭三院の一つで阿弥陀如来を本尊とし、右の脇侍に大日如来と浪切不動明王、左に弘法大師と秘鍵大師を奉祀する。本堂横には昭和九年九月、正岡子規三十三回忌に、弟子の一人である青木月斗により建立された、「暁や白帆過ぎ行く蚊帳の外」の句碑がある。この句は子規が明治二十八年、結核治療の為「須磨保養院」での一ヶ月程の療養中に作ったものであり、刻字は子規の『寒山落木』の中から集字したものである。また子規はこの寺へも度々足を向け、多くの句を残しているが、中でも「秋風や平家弔う経の声」や「二文投げて寺の縁借る涼みかな」の句が、この寺の雰囲気を伝えるものとして有名である。

  • 蓮生院

    蓮生院れんしょういん

    塔頭三院の一つで、「蓮生」とは熊谷直実が「蓮生坊」と名乗ったことに由来する。直実は一の谷の合戦で戦死した平敦盛菩提の為、法然上人のもとで修行し、諸国行脚の途中、須磨を訪れたといわれている。大正五年、花火大会の飛火のため出火焼失したが、昭和九年不動明王を本尊として現在地に再建、成田山不動明王分霊も奉祀し不動明王信仰の中心となっている。本堂横には厄除大師堂があり、右手に剣を持つ秘鍵大師が祀ってある。また国文学者、大井広の「明減のひかりをおくる灯台はいづこにあらむ寂しき海はら」の歌碑が作者の短歌の師、太田水穂の筆により建てられている。

  • 親子地蔵

    親子地蔵

    大正四年、須磨沖で起きた母子心中事件をもとにし、芝居、映画等で当時の人々の紅涙をしぼった家庭悲劇『須磨の仇波』の実際の主人公、川上愛子、初音親子の霊を慰め、永く世の家庭不和に泣く人のないことを願って建立されました。
    また、神戸六地蔵霊場会の「堅固意地蔵尊」としてもご参拝頂いております。

  • 神戸七福神霊場

    神戸七福神霊場(福禄寿尊)

    ”福”は幸せ、”禄”はお金、”寿”は長生き。私達の願いを名前で示す福の神が、福禄寿尊です。福も禄も寿も頭を使わなければ、と長い頭が示し、笑う門には福来る、とにこやかなお顔でさとされます。笑いながらこの福禄寿尊の頭をなでるとボケ封じに、又、福禄寿尊の体をなでるとガン封じになるといわれる有難い”撫で仏様”ですよ!

  • 出世稲荷社

    出世稲荷社

    当山鎮守 尾玉・荒熊・末廣三明神は平清盛公が、都の守護神として祀り、武家として立身出世を成した為、何時しか出世稲荷として信仰を集めました。
    現在の建物は平成26年(2014)改修

  • ひとすじ辨財天

    ひとすじ辨財天

    平成28年(2016)改修。新たに山髙大仏師の手による、須磨琴を弾くお姿の「ひとすじ辨財天」をお祀りしています。

  • 亜細亜万神殿

    祈りの回廊 亜細亜万神殿あじあばんしんでん(ネパール大震災復興紀念堂)

    須磨寺に寄進された東南アジアやインドの石仏の安置、及び、ネパール大地震被災者慰霊と復興を祈る場として、整備されました。
    平成28年(2016)4月25日落慶。
    内拝時間9:00~17:00

    亜細亜万神殿

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    6、八角堂(経木供養所)

    平成29年度竣工予定